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近代水道の誕生<大正7年(1918年)~>

ページID:0006215 更新日:2023年5月4日更新 印刷ページ表示

近代水道の誕生 

水道布設への期待​

山形市では、古くから井戸水や地表の湧水を飲料水として用い、雑用水として河川の表流水を用いていました。しかし、季節や天候によって井戸水や流水が枯渇したり、飲料水を通して伝染病が感染拡大したりするなど、多くの問題を抱えていました。このような中、明治44年5月8日、薬師祭当日の正午過ぎに旅籠町から出火して市北一帯が猛火に包まれ県庁・市役所・裁判所・学校・銀行の他、工場や寺院を含む1,340戸が全焼する「市北大火」が発生、さらに同月の5月24日には十日町から出火して、市南繁華街114戸を全焼する「市南大火」が発生したのです。この大火となった要因は、季節風などの自然条件・環境的要因はだけではなく、消火用水の不足も一因とされました。このため、安定した安全な水を供給し、衛生上の問題を解消することと、度重なる大火対策の一つとして、消火用水を確保するため、水道創設の必要性が強調されるようになったのです。

市北大火
市北大火(当時の県庁前通り)

旧山形県庁通り
大正時代の旧県庁前通り

水源調査の進行と水道布設の決定

このような状況を憂慮した、山形市嘱託水野好太郎・廣治親子の水道に対する熱意は強く、市南大火直後から馬見ヶ崎川上流・対岸の鈴川村印役の横坑地下水導入の状況などを視察調査し、市に意見書を提出し、給水事業の必要性と具現化の方策について提唱したのです。同時に水道布設には市民の理解と協力が不可欠であると考え、世論を高めるために、「山形市地下水道編」を自費出版したのです。
​市は水道布設の必要性を痛感し、さっそく水源貯水池の調査と水源地の試掘工事を始め、大正5年11月の議会に「水道工事目論見(もくろみ)書」と「山形市水道給水条例」を提出したのです。

巨額に及ぶ工事費の財源確保などの困難はありましたが、大正5年度臨時事業として水道布設に着手することを決議し、国に認可申請を行いました。翌大正6年には、工事着手に備え「臨時水道工事部」を設置しましたが、第1次世界大戦の影響から資材が高騰し、工事費を増額しなければならず、国も財政を引き締めたため認可されませんでした。そこで市は工事費の総額を圧縮し、大正6年からの工事を大正7年からの2ヵ年継続事業とし、再度認可申請を行い、ようやく大正7年3月に認可されました。

こうして大正7年10月10日、市内小白川地内の馬見ヶ崎川水源地で地鎮祭と起工式を挙行するに至ったのです。

水野広治
​水野廣治氏

山形市地下水道編
​「山形市地下水道編」

事業の難航と完成​​

地鎮祭に先がけ、大正7年9月には「水道部」を設置し工事に着手したのですが、第1次世界大戦の終結とともに、日本経済の大戦景気が終わり反動不景気となり、急激に物価が高騰したため、先に決定した予算の事業費では到底工事の進行が不可能となり、予定していた大正7・8年度の2ヵ年での完成は見込みが立たなくなったのです。そこで市は大正7年12月の市会で継続年期をさらに2ヵ年延長し、7年度から10年度までの4ヵ年継続事業に改め、事業費も549,469円増額し、総額1,147,754円を計上し、国・県に対してそれぞれ116,600円ずつの補助を申請したのです。しかし容易には認可されることはなく、市は工事費の確保に奔走することになりました。

大正8年には、山形市内導水管の布設、水源横坑掘削作業の進行、小白川に建設していた浄水場の事務所が完成するなど、配水までは至らなかったが、困難な中で事業を進行させました。

しかし、大正9年5月7日に奥羽山脈系に豪雨があり馬見ヶ崎川上流の葉の木沢地内のナヘ沢が大崩壊し砕屑土砂が下流に流れ、砕石が地下水脈に潜積した結果、山形市内の井戸水が涸渇して市民は飲料水難に悩む事態となりました。思いもよらぬ災害とその対応のため、応急給水や水道臨時共用栓設置のため水道工事は遅れることになりました。さらに、申請中の地方貸付資金の融資減額もあって、その補填のために公債増発が必要となり、3月中に予算を更正し、継続事業も1年延長して大正11年度までとすることにしました。工事は大正11年8月にはほぼ竣工し、10月までには県の鑑査も通過して給水開始の運びとなりました。

このようにして山形市水道は明治23年に初めて要望され、調査費を市予算に計上してから実に33年の歳月を費やし、大正3年に水源試掘に着手してから9年目にあたる大正12年3月に事業がついに完了しました。

そして山形市水道の実現を祝い5月4日に通水式を挙行することになりました。通水式は浄水場と県会議事堂で行われ、その後議事堂前の広場において祝賀会が開催されました。祝賀会には大変多くの来賓が招かれ、全市をあげた祝賀となりました。​

山形市水道浄水場
​山形市水道浄水場

水道通水式
​水道通水祝賀会(大正12年5月4日 於:県会議事堂前広場)


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